【日記】2020年11月5日 他人は人の映し鏡?

他人の言動が気になってしまう問題について

 

最近、誰かの発言に引っかかるときがあります。

 

例えば、こんなLINEの一文。

 

Aくん
寒くなってきて布団から出るのが嫌な最近を過ごしてますか?残念なお知らせなんですが~(以下略)
この一見何にもない文章に、僕はつい反応してしまいました。

まえた
それなら『この頃、だいぶ寒くなってきました。僕は最近布団から出るのがきつくなってきたのですが、皆さんはいかがお過ごしでしょうか?(以下略)』の方が良くない…?
『布団から出るのが嫌な最近』って何?
と深く考えてしまうのです。
これには「細かい野郎だ」とツッコミたくなる人もいるかもしれません。
僕の主張を先に伝えときましょう。
「仕方ないやん。」
東京のベンチャーで働いていた際に、メディア記事を作成した期間がありました。また、法人向けにメールコンテンツや資料の作成の経験も行いました。
その期間で、かなり言葉づかいを意識するようになりました
例えば、「主語が抜けていないか」、「文と文のつながりに違和感はないか」、「論理の飛躍はないか」などです。
言葉というものは、その人から生まれるものです。
そのため、僕には他人の口から生まれた言葉を、日常で無理に変える権利はありません。
僕がいちいち言葉に反応するようになったのは、SEOやwebライティングで、記事をGoogle検索の上位に上げることリモートのライターさんたちに分かりやすい文章を書いてもらう必要があったからです。
記事をGoogle検索の上位に上げるためには、読者に記事を最後まで読んでもらう必要があります。
そのためには、途中で飽きられない、読みやすく、分かりやすい文章でなければいけません。
記事を読んでいる読者に、途中で「?」が浮かんでしまうとアウトです。
これらを実践するために、ライティング講座を受けたり本やサイトで知識を得たりしました。
(余談ですが、SEOで1位を取るのは誰でもできます。実際に僕でも取れたので。しかも、僕が書いたライティングのマニュアルで、ライター未経験だった方も1位を取っています。(これについてはまた次回以降時間があれば書きます。))
そんなこんなで、他人の言動がつい気になってしまうのです。

自分が意識していることが、他人を見る基準になる。

 

上でも少し説明しましたが、自分が意識していることを、他人に無意識に求めてしまっているのかもしれないです。

 

それはまるで、相手に自分を投影させているような感じです。

 

相手に自分を投影しているとすると、一方で自分の悪いところを相手に投影している時もあると思います。

 

「人のふり見てわがふり直せ」ってことわざも、そういう意味があるのでしょうか?

 

ここら辺は考えていると、頭がどんどんいたくなるので、またリライトしようと思います。

 

では、おやすみなさい。

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